砂と鉄

よく分からない備忘録たち

『女神の継承』の感想と考察

『女神の継承』の感想と少し考察です。

synca.jp

 

※内容に触れる内容です。

※ホラー映画に関わる内容です。

※『女神の継承』は”R18+”の作品です。鑑賞される際はご注意ください。

 

 

感想・考察などありましたら送っていただけると助かります。
(またおすすめホラー映画など教えてもらえると幸いです。)

wavebox.me

 

 

 

 

今作がどれくらい怖いかについて

作品自体は気になるけれどホラー映画が苦手で鑑賞を悩んでいる方がもしいるかもしれないと考え、具体的にどういった怖い要素があるかだけ書き出します。

すべてのネタバレや内容に触れる記述を避けたい方はこれ以降は読まないでください。

※『女神の継承』は”R18+”の作品です。ホラー映画が苦手な方にはおすすめできません。また、ホラー・オカルト系が苦手な方が興味だけで見るのはおすすめできません。

 

『女神の継承』の怖い要素(嫌悪を感じやすい要素)

・得体の知れない(作中で明言されずに解明されない)現象

・嘔吐

・生理

・流血

・暴行

・使用済みの生理用品

・使用済みの避妊具

・性行為

・乳幼児の殺害(明確な描写はありません)

・内臓

・犬が亡くなる(具体的に殺害する場面があります)

・虫

 

 

感想

・作中世界に惹き込まれる

邦画でも洋画でも、作中の世界があまりにも理不尽だったり、脚本や物語などの面で「面白いけど都合がよすぎるな…(ご都合主義すぎて、作品にはまりこめない)」と感じることがあります。

しかし、「タイのこういう文化(精霊の概念)があるところなのか」「巫女・祈祷師になる際には体の不調が表れるのか」「でも、信じてない人もいるんだな(現代っぽくて共感できる)」というところをドキュメンタリー形式でしっかり映していってくれるため、作中で起こっている現象が「何が原因で」「誰が引き起こしているのか」が分からなくとも何がこれから起こるのか、そして原因は判明して問題を解決できるのか?と見ていくうちに徐々に惹き込まれていきます。

 

 

・怖さと謎が最後まで深まっていく

最初はインタビューなどが続きますが「この機会に撮影を続ければ、巫女の世代交代を映像として残せるのではないか?」という理由から、何かに取り憑かれたミンに起こる不可解な現象や変化を追っていきますが、謎の理由や原因が分かるようで分からない真っ暗な闇のような謎はどこかに残ったまま最後までどんどん怖さが加速していき、最後は考えれば考えるほどに深みにはまっていきそうな意味深げな雰囲気を漂わせて終わります。

単純に謎が解決されて終わる・儀式が失敗して終わるよりも、遥かに考えさせてくるうえに「信じるとは?」「祈りとは?」と疑問が湧くだけではなく、普段文化としてなじみ深く接している何気ない「信じる行為」「信仰」に対しても恐ろしい想像*1が浮かんで私は「(ホラー映画としては怖くて)最高~~!!!」と言っていました。

 

 

・容赦のない恐怖の描写

最後の最後に、安全圏にいると思い込んでいた撮影班(=鑑賞者の視点)の人々も巻き込まれて物理的な破壊を伴う脅威として襲い掛かって来るのが最高でした。

起こってほしくないことが次々起こって、『哭悲』に似た逃げ場のない絶望感を抱きながら見ていました。

特に犬が殺害されるところまでしっかり映されるうえ、子どもまで巻き込まれているのも……さすがR18+……と思います。

また生理的にぞわぞわする描写も多く、興味深く思いました。

特に個人的には、

・祈りを続けているうちに卵が真っ黒になる

→普段食べている安全な卵は透明な白身と橙色の黄身の印象が、深い緑と黒っぽくなった卵となることで、食べたくない、気持ちが悪い、怖いという印象につながりました。

 

・血で汚れる衣服

→経血(おそらくですが)や鼻血らしい血液で汚れる衣服や生理用品が映されますが、日常でも血で汚れた衣服などは感染症を引き起こすため、怖い、触りたくないといった印象を持ちました。

 

・四つん這いで走り回る人々

→あまりにも動きが人間から想像しにくく動物のようで、対話が不可能な存在として不気味に見えました。

 

 

何も考えていない感想

ミンが常におしゃれでかわいい~と思いました。(中盤からは大変そうでそんなことを思う余裕はありませんが……)

 

パレードで赤ちゃんの靴を履く場面で、あまりにも小さくて「みんなこれくらい小さいときがあったんだね」と冗談で履こうとすることを内輪でした体験があったため(あっ、内輪だとしても変な行動だったか……?)とすこし衝撃でした。

 

ミンが職場で居眠りしているのを撮影されていて、かわいいけど仕事した方がいいよと思いました。(クビになりそうだと思いました。)

 

職場の備品がないからと監視カメラを見たら、職員があれやこれやしているのを見てしまった職場の方がいくら仕事でもかわいそうだ……となりました。(同じ職場の同僚もかわいそう……)

 

ミンの部屋からシマウマの置物が見つかっているため、(ここが心霊スポット……!!?)(たぶん、ここで何かが起こっているという示唆だろう)と思いました。

locotabi.jp

※『女神の継承』のパンフレットにも文章を掲載されている高田胤臣さんの記事を以前読んでいて知っていました。他にも記事を読んでいましたが、おかげで『女神の継承』の背景のタイの知識を持って作品を鑑賞できました。

 

家につけた監視カメラの映像がかなり怖いな~と思いつつ、ミンが冷蔵庫のものを食べていて「よかった~ちゃんと食べてる!」と方向が違った安心をしていました。

 

子どもが犠牲になる場面がはっきり映されていなくてよかったですが、最近見たホラー映画で子どもが犠牲になるのが多い……つらい……と感じました。(最近見た4本のホラー映画のうち3本で子どもが犠牲になっています……)

 

釘がたくさん打ち付けられた人形を見て、こんな数を打ち込まれるのは相当すごいなと思いましたが、誰かを呪うくらいなら生半可な怒りではなく末代まで祟ってやる!くらいの勢いはあるはずだよなと思いました。

 

 

考察(考えたこと)

言い訳ですが、これは考察とはあまり言い難い感想のようなものです。

「作品のあの謎は?」「結局、あの一連の事象は何によって引き起こされたのか?」が分かる内容は書いていません。(書けません。)

 

《注意》

・これを書いた者は、舞台となるタイに関する知識が乏しいです。

・これを書いた者は、キリスト教、仏教などの宗教関連の知識も乏しいです。

・これは作品を見た個人が「こういう話ではないか?」と想像したものです。

 

 

科学的に考えた場合

推理ものの作品では、探偵となる人物がありとあらゆる可能性を考え、その中で実現可能かつ動機からも納得がいくものを選ぶことが推理のよくあるパターンだと私は思っています。

そのため、一応「科学的に解明できる事象が連続し、集まった」パターンを考えてみます。
ここでの科学的は、ある程度の再現性がある、または因果と結果が明確にされて説明が可能である、くらいの意です。つまり、状況や人、人の体調、人の内分泌系、心理状態などを整えれば再現可能であるかもしれないと説明ができるということです。もう少し穿った見方で書くと、「現代の知識と技術で観測できる世界の中で、人間が持ちうる知識と技術で理解できる現象が作中で起こっている」というものです。これから技術が発達し、今で言われる「心霊」「超能力」が解明される可能性もあるので……

 

・巫女は女性が選ばれる

女性が巫女(祈祷師)となる事例は、タイ以外の国でも見られる。(日本では、卑弥呼や恐山のイタコなど)

これは女性の身体的な特徴から、男性よりもトランス状態になりやすく「予言」「予知」「宣託」などを受けた結果人々に様々なことを伝えられる依り代となりやすいため?(うろ覚えの知識です……)

→巫女に選ばれる際の体調不良は、若い女性に発生すると限れば「ホルモンバランスが安定しにくく、生理周期が安定しない時期のため体調不良が起こりやすい」とも考えられる。(遺伝で、そういう体質になりすい可能性もないわけではない)

→ホルモンバランスの乱れから、精神的に不安定となり、幻聴や幻覚を見るようになった、自傷行為をするようになったと説明はできる?

 

・子どもらしい振舞い

ストレスや周囲の環境の変化で、精神が幼くなってしまった?

→ドキュメンタリー形式のため、兄マックの死やミンの交友関係にまで詳しくは映されていないが、映されていないところでショックを受ける出来事や家族にも話し難いトラブル、または家族関係で他人に話しにくいことがあったとも考えられる。

→ニムが「子どものようになる? 他の人は?」と聞いたのも、祈祷師を受け継ぐ際の体調不良の特徴に「子どものような振舞いを見せる(=まったく違う成人のように振舞うことはない)」ことがあったため?(こうすると二ムが聞いたことにも一応、説明がつく)

 

・卵が黒ずんでいた

→長く祈り続けた間に、卵が痛んだ。または大量に用意していた卵の中に、痛んだ卵が混じっていた。(それが別の出来事とうまくタイミングが重なった?)

 

・二ムがミンを祓おう(儀式)をした際、指をつけたコップに黒いものが滲み出る。またミンが黒ずんだものを嘔吐する。

→事前にトリックがあれば可能かもしれないが、ミンが興奮状態になった際に合わせて誰かがトリックを仕込むのは難しい。ミンが協力していれば可能かもしれないが、巫女になりたくないミンが協力する理由がない。(巫女になりたいために、仮病で体調不良を装って祈祷師を受け継ぐ儀式をしてもらうならまだ理由があるが……)

 

・ミンが、母(ノイ)が二ムにしたことを語る

当時の状況が映されていないため、二ムが祈祷師を受け継いだときにミンが既に子どもで母(ノイ)がしていたことを見ていた可能性がないわけではない。

また完全に嘘だった場合でも、「ノイが祈祷師を受け継ぎたくないあまり、自分(ニム)に受け継がせようとしている」と知っており、ミンが告げたノイの過去の行いを「ノイは祈祷師を受け継ぎたくないみたいだったから、私(ニム)にいろいろ仕込んでてもおかしくはないな……」とその場で流した可能性も否定はできない。(ただし、そこまであの場面から読み取るのは、飛躍しているとも思います。)

 

タクシードライバーが帰る際に目の前にミンが現れる

タクシーの視界から外れた瞬間、別の道でショートカットをして現れた。

→説明が苦しい……物理的に動いた場合は、息が切れで肩が上下するはずがそういった動きがなかったため、人には不可能?
またミンが事前に周囲の地形を詳しく知っている必要があるが、あのあたりの草木が鬱蒼としている地域まで知っているかは疑問を感じる。

またやらせや仕込みなどであったとしても、タクシードライバーと警察の協力が必要となるのでは?という疑問につながってしまう。

 

・最後の儀式で起こったこと

儀式に失敗したことで起こった集団ヒステリー?

→集団ヒステリーのきっかけで、説明ができる部分がほぼない。また集団ヒステリーであれば、「なぜ撮影者や一部の儀式関係者たちはヒステリー状態にならなかったのか」「ほぼ同時に複数人が集団ヒステリーになっているように見えるが可能なのか」という疑問が残る。

→薬物の摂取が原因とも考えられるが、儀式前後で儀式関係者が特定の食べ物や飲み物を一斉に口にする場面は見られなかったため、ほぼ可能性はないとした方がいい。(薬物による症状で説明できない部分も多いうえ、たとえ薬物を使用したとしても「複数人が四つん這いになって周囲の人を襲う」など複数の人が共通の行動を取った説明ができない。

→ただし、「悪霊に取り憑かれた人はこうした行動をする」といった共通の認識があれば別か?

※日本では狐やこっくりさんに取り憑かれると、「油揚げを食べたがる」「油を飲みたがる」のよう実際の狐の特徴や生態から離れているが、イメージ上の狐はこうしたことをすると認識されている行動を取りがちです。狐やこっくりさんに取り憑かれた怪談あるあるです。)

 

・パンが息子を認識できなかった

極限の状態で、息子が襲われるかもしれないと思い込んでしまったため、正しく認識ができなかった。

→名作推理小説*2でも扱われた題材ですが、それにしては「正しく認識できなかった」と説明する証拠や判断材料が少なく、この作品の考察とするには飛躍している考えだと思いました。

 

・すべて「やらせ」だった

ドキュメンタリーを撮影した人々が仕組み、二ムたちに協力をしてもらっていた?(そもそもこれは映画で創作であるという突っ込みは一旦置いておきます。)

→警察沙汰にまでなっているため、撮影側がすべてを仕組んだとは考えにくい。

→撮影側にも被害が出ているため作中の後半では、これから何が起こるか分からないが撮影者たちは巫女たちの血縁者ではなく、儀式を直接行うわけでもないため巻き込まれるとは考えておらず、「予想外」のことが起こったと考えた方が妥当か。

→途中まで仕込まれていたとしても、協力者のミンが仕事をクビになる、自傷行為、排泄行為など「実際に起きたら社会的に困る」「映されると社会的に困る」出来事が多く、もしやらせや仕込みだとすれば協力者が相当数に及ぶと窺えるため仕込んだとは考えにくい。

 

上記で、思いついた限りで気になった場面などを上げてみました。

ヒステリー、トランス状態、身体的特徴などで説明ができる部分もありますが、あくまで可能性に留まります。また上で青字にしたのは個人的に説明が難しいと感じた部分ですが、「集団で頑張ればともかく、これはほぼ個人では実現不可能では……?」「警察や職場という、撮影にまったく関与しない公的機関と会社が巻き込まれているため、誰かが仕込んだとも考えにくい」という部分も改めて書いてみてはっきりしました。

そのため、作中のすべてのことを科学的に説明しようと試みるのは難しいと考えました。

ただし、こういった科学的な説明ができる部分+超常現象だった可能性はあるかなと思いました。

 

 

超常的な現象が原因の場合

現代の人類が持ちうる技術では観測できない事象が原因の場合を考えてみます。

いわゆる、心霊・オカルト・宗教的といった概念を持つものが原因では?という考えです。

しかし、それでは「すべて○○(任意の超常現象など)によるものだ!」で説明できるため、「なぜあの現象は起きたのか?」「どういう因果で起こったのか?」を想像していきます。

 

 

まず「ここって何だろう?」と思った細かい部分を上げてみます。

・犬の肉を売る店

ミンの母が犬の肉を売る店をしていたはずですが、タイでは犬食文化がサコンナコン県*3にあるようです。

犬を屠殺して食用肉として売るのに、愛玩動物として飼っている→精霊や過去に恨まれているのに、儀式で治められると思うなという隠喩?

または犬を殺害していることで、過去に祖先が恨まれた人々以外にも屠殺した犬などにも恨まれている?(人以外にも恨まれて、悪霊になっている~といったセリフが説明できるため)

など考えました。

 

 

・兄マックの死

私の理解力がないため考えをまとめます。

  1. 撮影序盤はバイクの事故だと説明されていた(ニムもバイクの事故だと思っていた。)
  2. マックが亡くなった原因は事故ではなく、本当は自死だった

また二ムがミンとマックの関係について明言はしないものの、何かを察したようなセリフがあります。それを聞きながらもミンの母であるノイが否定しないため、ミンとマックは近親相姦の関係があったのでは……?と想像しました。

そうすると、最後の儀式でノイが「謝るから」と言ったのも兄妹の恋愛関係(恋愛感情はなく肉体関係のみだったかもしれませんが)を否定したことがあったかもしれないと説明ができます。

また、マックが自死を選択したのも実の妹との関係が母にばれてしまった、兄妹間の感情を否定されたことが原因ではないかと推測できます。

 

・ニムがマックが亡くなった場所で祈る際に置いた物たち

いろいろな物品がありましたが、使用済みらしき避妊具があるのが……

・兄と肉体関係があり使用したものを取っておいた

・別の誰かとの行為で使用したものを取っておいた

のどちらにせよ、理由がまったく分からないです。人間がすることにも説明がつかないときがあるのに、悪霊がしたことに説明ができるはずもないですが……

経血と同様に性にまつわる分泌物を想起させるため?と思いましたが、何か重要そうに見えてしまいます。

 

 

次からは作中で起きた事象などについて考えてみます。

・ミンの変貌

ここではミンの身に起こったことを考えます。

  1. 職場での性行為
    性行為の相手が背中にサクヤン*4を入れています。そのため、身を守る護りといった意味のあるサクヤンを入れた相手との性行為で、「身を護る意味はない(=悪霊の力が強い)」「身を守ろうとする力を信じる相手を穢している」といった意味を持つ行為?と想像しました。
    職場でしたのは、社会的なつながりを絶つため?(ミンに取り憑いた存在が、ミンを孤立させて取り憑かれた状態から回復させる可能性を減らしたかった?)
    ちなみに作中でサクヤンを入れているのは、最後の儀式を執り行う祈祷師とマニですが、監視カメラに映っている人物とは体格が違ったように見えました。
  2.  体調不良の原因
    祈祷師の受け継ぎの体調と「普通の人から祈祷師の立場を受け継ぐ際の体調不良で、現実世界から異界(未知の世界)に寄りやすくなっていたことで、悪霊が取り憑いてしまった」ことによる体調不良と謎の行動?
    風邪を引いたときに体の抵抗力が弱って、他の感染症にかかりやすくなるといった形で、祈祷師の受け継ぎ時の体調不良+悪霊に取り憑かれた状態になったと想像しました。
  3. ミンが自宅などで行った行動
    排尿、同居人への体調不良を引き起こす、子どもを連れだすなどの加害行為。
    排尿により穢す(聖なるものを穢すイメージ)、人を死には至らしめないものの苦しめることが目的?
  4. 周囲に襲い掛かった原因
    ヤサンティア家の祖先がしてきた行いで恨みながら亡くなった人々に取り憑かれた結果?
    しかし、儀式の際に母(ノイ)が「謝るから」と言っているため、家族間でトラブルがあり悪霊+ミンの意思もあった可能性も否定はできないと考えました。
  5. ミンがカメラを持ち、「撮ってあげる」と言った理由(演出の意図)
    「深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ」という示唆?
    映像を残しておくことで、「過去に悪霊が起こした出来事」として記録を撮っておきたかった?(キリスト教圏の悪魔の概念であれば、人々に恐れられるため記録に残され、後に記録を見た人々に恐怖を持たせられるためメリットがあるとも考えられる。)

以上で、いろいろ考えてみたのですが、ミンに起こったことを「祈祷師の立場を受け継ぐ際の体調不良」ですべて説明するのは難しそうであるため、悪霊に取り憑かれた可能性を考えてみました。

そもそも作中では、「祈祷師の受け継ぎ?(ノイ)」→「兄マックが原因では?(二ム)」→「ヤサンティア家を恨む悪霊でした……(二ムともう一人の祈祷師*5)」という流れですが、私の想像では「祈祷師の受け継ぎ←悪霊が取り憑いた」という流れです。

 

そして、ここでミンに取り憑いた悪霊とは何かを考えてみます。

上記の特徴や鑑賞した印象で、キリスト教圏の悪魔に近い概念なのではないかと思いました。

なのではないかとしているのは、作中で「女神はいるのか?」といった問いかけがあるうえ、祈りがテーマにあるのではないかと感じたことで、「特定の宗教の概念で答えが出るものではない」と連想したためです。

 

つまり、私はこの作品が次のような疑問提起を行っていると考えました。

・女神バヤンは存在するのか?

→パンフレットでも書かれている内容から想像したことですが、そもそも女神バヤンが認知ができる状態は「女神バヤンが目覚めており、何かをして現実に災いをもたらしている」状態で危険であり、女神バヤンが認知できない「普段の平穏な生活が保たれている」状態の方が周辺地域の人々にとっては安全な状態である、人間からは観測が難しい超常的な存在と考えました。

 

・女神バヤンや悪霊とは何か?

→悪霊も女神バヤンも人間には認知が難しく、超常的な力を持つという点では「不可知の存在」であるという提起をしている?(女神バヤンは受け継ぎ時に体調不良を起こし、悪霊もまた様々な被害をもたらす点は人へ負荷があるという点で共通しており、実は同類の存在なのかもしれないと思わせます。)

 

・人間が祈っているものは、本当は人間が認知できないだけで恐ろしい”何か”かもしれない。また、人間はそれすらも確かめられない。

→「女神バヤンって言ってるけど、もしかしたら悪霊とされる祖先の恨みで集まった人々の霊たちや殺害した犬たちの霊の集合体かも! 認知も観測もできないから、違うっていう証拠はないよね~じゃあ、”恐ろしい何か”に私たちは普段から祈りを捧げていても分からないね。ま、信じるしかないよね。それが本当にいいもの(※ここでの「いい」とは、人間にとって有益をもたらすもの、あるいは人間にとって善と分類して認知されるものです。正義や善悪は文脈・文化・歴史・価値観で常に変わるため人間にとって何が「いい」のを定義するのは難しいと考えています。)かは知らんけど……」ということです。(軽く書いていますが、ニュアンスを優先しました。)

 

・女神バヤンとミンに憑いた悪霊は実は同じ概念なのではないか

様々な宗教で様々な概念がありますが、もしかするとそうした概念はある現象をそれぞれの宗教で説明したものであるのではないか?ということです。

そのため、ミンに憑いたものはキリスト教では悪魔、仏教やタイの信仰では悪霊になるのかもしれません。

そうすると、ミンに憑いたものがミンを生かし続けたうえで周囲を傷つけたことも、過去に祖先が恨みを買った人々の怨霊で説明もできますが、キリスト教の悪魔としても説明ができる特徴があるかと思います。(神の存在証明に悪魔が存在すると仮定した場合、人々をさくさく殺すと神を信じる人がいなくなるうえに、悪魔を恐れる人もいなくなってしまうため、できるだけ周囲の人々を苦しませるのでは?という想像をしています。*6

またノイがキリスト教を信じていたことで、悪霊が実はキリスト教の悪魔がミンに憑いたという見方を示唆されているようにも思いました。(しかし、悪霊の正体が何であるかを決めようとすること自体がこの作品では難しく、神や悪霊も根源は一緒かもしれないというテーマがある気もするため、ノイがキリスト教を信仰している描写は「悪霊が恨んでいる人々の集まったもの・キリスト教で言う悪魔のどちらでも受け取れる」ようにしているのでは?と考えています。)

 

 

・最後の儀式で起こったことは?

女神バヤン(ノイ)と悪霊(ミン)のバトル。

というのは冗談で、悪霊を降ろしたはずがノイになぜか女神バヤンと名乗る存在が憑き、自宅から儀式の場に訪れたミンと敵対している様子が見られます。

 

ここで気になる点をいくつかあげて考えてみます。

・ノイに憑いた女神バヤンと名乗る存在は何なのか

→女神バヤンを名乗る悪霊の可能性もあるが、同じ悪霊であるならミンに憑いている悪霊と敵対(従わせる?)ような態度を取る必要はないのでは?という気がします。また女性のみが祈祷師になれるという点(直前には生理のような症状も起こっている)で、「ノイは女神バヤンの祈祷師を受け継ぎ、女神バヤンの依り代となっている」と言う説明が理解しやすいと考えます。

 

・悪霊を降ろして封印する儀式のはずが、悪霊を降ろされたノイの吐瀉物を封じた壺の破片を集めた結果、ノイが女神バヤンを名乗るようになってしまったのはなぜ?

→女神バヤンがミンの悪霊と戦うためとすれば、まず儀式が失敗することが前提の計画であり周囲への被害が尋常ではない。また、儀式が成功した場合には壺に封じられるリスクがあるため無理がある。(人間とは違う何かであっても、こうした計画を組むほど手がかかったことをするなら、そもそもこんな計画はしないだろうという推測ですが)

→実は悪霊として認識されていた何かの一部の現象は女神バヤンによるもの?

→悪霊と女神バヤンは実は似た(または同一の)存在?

→依り代であったニムが亡くなったことで受け継ぐ次の祈祷師を求めていたが、儀式の際に降ろされた。(実は女神バヤンと悪霊が同一の危険がある存在であれば、可能性がないわけでもない?)

いろいろ考えてみましたが、「実は女神バヤンと悪霊は同一の存在であるため、悪霊を降ろす儀式で降ろされました」なのか「女神バヤンは過去にヤサンティア家の紡績工場などで恨みを持った人々の祈りを得て、ヤサンティア家に関わる人々にも害をもたらすようにもなりました」といったところが個人的には納得するか……?と考えています。

他にも、ノイが女神バヤンを一度を拒否をしていることもあり、ヤサンティア家を恨む人々の悪霊と祈祷師一族に「何で祈祷師の受け継ぎを拒むんだよ!」と怒った女神バヤンが合わさった結果なのでは?とも思いますが、さすがに『貞子vs伽椰子』みたいな展開すぎてこの作品が伝えたいこととは違う気がします。

 

 

人為的な行動が関わる場合

これは上記で科学的な面と超常的な面だけでは説明や理解できないと感じたため、科学的な面と超常的な面で説明ができなかった部分を補う形で「科学的・超常的な現象なのかは一旦置いておき、関係者の誰かが作中で起こる出来事を発生・悪化させた可能性」を考えてみます。

 

・ニムはなぜすぐにミンの対処をしなかった?

現実的に考えれば、「ミンが拒否した」「ノイもあまり関わってほしくなさそうだった」ため強引に対処ができなかったと考えられます。(すぐにミンの対処をすると、物語が進まないといったメタ的な理由などがあるかもしれませんが……)

しかし、兄マックの死が関わっているのではないかというのはニムの感覚によるものです。

そこで、「兄マックが関わっている」のは誤解・または意図的な嘘で効果的な対処を遅らせたという可能性を考えました。

・ニムの誤解だった場合
→作中通りに悪霊が騙し、除霊を遅らせるために利用した。

 

・ニムの意図的な嘘だった場合
→ニムはミンに取り憑いたものへの対処を遅らせることで、祈祷師を受け継がせた姉と姉の子どもを苦しませようとした。(殺そうとまではしていなかった、など後半で本当に助けようと力を尽くしていた理由は理解できる? または対処を遅らせているのではないかと疑われるのを恐れ、マックの亡くなった場所で祈り続けるといったことをした?)
作中では都会の服飾学校に通っていたのにおそらく途中から通えなかった、それでも縫物を仕事にしている(祈祷師の仕事で縫物の仕事を休むことがあった)とも示されているため、まったく恨みがなかったとは言い難い気がします。

→ニムが祈祷師を続けたかったという理由もなくはないかなと思いますが、それにしてはニムが祈祷師は私だけがしたいといった描写や匂わせる部分もなかったので、飛躍しすぎている気がします。

 

・ミンはなぜ自身だけで対処しようとしたのか?

これも祈祷師を受け継がなければいけなくなるのを避けるため、またはミンに憑いているものが周囲に相談すると対処されてしまう(除霊されるのをきっかけに祈祷師を受け継がされてしまう可能性もあるため?)のを避けたかったためと考えられます。

 

 

考えたことまとめ

以上、三つの面からいろいろと考えてみましたがまとめてみます。

・基本は超常的な存在によって引き起こされたが、そこには関係者の人為的な要素も関わっている。

・また超常的な存在として「女神バヤン」と「悪霊」が出てくるが、どちらが何を引き起こしたかを明確に区分することは難しい。

これが、私がこの作品に対して考えたことです。

 

どうしてこのように考えたのかと言うと、「これは赤い車だ」という車のステッカーが示唆するのは何かを考えたためです。

車のステッカーは、「実際の車の色とは異なるが、この車の色は○○だと信じる」という意味であり、つまり「女神バヤンも悪霊も感覚での認知によるところが大きいが、もしかすると根源は同じかもしれない不可知の存在を、『女神バヤン(助けてくれる・善性のもの)』または『悪霊(不幸をもたらす・悪性のもの)』と信じる」行為が”祈り”だという作品のテーマだと感じました。

特にニムへの最後のインタビューで、「バヤンがいるのかは分からない*7」といった言葉を残して泣き啜るニムは自身が信じているバヤンという存在を確かにいると思えていないと罪悪感があった、薄々存在を確かに思えていないバヤンという何かを信じ”祈る”ことは恐ろしいものに”祈り”を捧げている可能性があると気がついていたのかもしれません。

『女神の継承』はニムが祈る場面が多くありますが、作中ではニム以外の人々も祈るしかできないといった状況が訪れます。

そこで”祈り”とは何か、何に祈っているのか、私たちは見たことも出会ったこともない存在を「いい・悪いことをしてくれるはずだ」と信じて祈っているが祈る対象は本当は何なのか、”祈り”を捧げる対象が本当は得体の知れない恐ろしいものであったとすれば?という人間が無意識に行う”祈る”という行為に疑問を抱かせ、”祈る”行為は本当は恐ろしいことかもしれないと恐怖を感じさせる作品ではないかと考えました。

またそこに人々の意図や過去の因縁が絡むことで、一層何が起こっているのか、何が原因なのかが分からなくなる恐怖、そして祈祷師一族が依り代を受け継ぎ長年信仰していた女神バヤンが実は恐ろしい側面がある可能性*8を表現しているのかと思いました。

 

いろいろ考えましたが、自分の頭が混乱してきたので簡潔に話の流れを含めてまとめてみます。

・撮影開始

・ミンに異変が起こる

(女神バヤンの祈祷師を受け継ぐための体調不良か、悪霊なのか分からなくて怖い)

・様々な要因でミンへの対処が遅れる

(過去に家族間でのいざこざや、誰が祈祷師を受け継ぐかでいろいろありそうで怖い)

・ニムへの最後のインタビュー
(女神バヤンに祈っていればいいものではない、不可知の何かを信じ祈ることは実は怖いことかもしれない)

・儀式を準備~行う間にも、ミンの行動は悪化し、ニムは謎の死を遂げる

・車のステッカー

(女神バヤンだとしてきた何かを信じ、祈ることで儀式の成功を願っていたが、実は恐ろしいものに祈りをした結果、儀式は破綻し死者を出す出来事に発展)

・女神バヤンの依り代となったノイと悪霊が取り憑いたミンのバトル

(ミンに憑いた悪霊はノイを母と呼ぶことで、女神バヤンの依り代となっているニムの意識を戻させ隙をついて勝利)

・祈祷師たちを取材していた撮影者たちはおそらくほぼ全員犠牲となる

(祈祷師が祈り、依り代となる何か(女神バヤンのような存在)を疑わずに取材していた撮影者たちが犠牲となり、もしかすると私たちは普段疑いもしていないけど祈祷師たちが祈り、依り代として憑依させる何かって本当はヤバイ存在かもね!という示唆?)

 

ここまで書いてみましたが、思考がごちゃごちゃして何が何だか分からないですね……になりました。

考察する方はがんばってください。(他力本願)

 

 

 

監督のコメント

『女神の継承』でタイから来日された監督と出演者の方々の挨拶がある回を見たのですが、そこで監督と出演者の方々に来場者からの質問に答えてもらうコーナーがあったことで聞いたことをメモします。

※劇場で、会社関係以外の一般鑑賞者は映像や画像、音声などによる撮影は控えるように言われたため覚えている限り書きます。

※イベント内のことを詳しく書いていいのか分からないため、明確な部分は伏せます。

※イベントで聞いたことは文字の色を変えます。→以降は私が感じたこと、解釈、印象、劇場で聞いた当時の雰囲気やニュアンス部分です。

 

・○○○○(既に『女神の継承』が公開・視聴可能な国名)での掲示板では、ほぼ監督たちが意図していたストーリー(発生した物事などの説明・解釈かもしれません)を当てていた書き込みがあった。

→『女神の継承』は「あえて想像の幅を持たせた描写により、何が起きたかが分からない・明確にされないことが怖い」といった意図を持つ作品ではなく、「考察・想像の余地は持たせてあるものの、制作側からはある程度の答え(物語)がある作品」なのかなと思いました。

 

・「この車は赤いです」のステッカーは、タイで占いの運勢によって貼るもの(日本でのゲン担ぎに近いかな?と話を聞いて私は感じました。)であり、タイの文化や考え方に根付くもの。(詳しくは調べてください。)

→監督いわく、この考え自体が作品で起こった事象を発生させたとも言えるかも……といったことを話しておられました。(作品では重要な視点・考え方といったニュアンスでした。)(あの場面は冗談ではなく、意外と重要なヒント・示唆だよ~というニュアンスのような気がしました。あの場面は、おそらくタイ文化に詳しい方なら「なるほど」となると思いますが、分からなかった文化圏に向けての監督からのヒントかもしれません。)(はっきりと一言一句覚えていないので、断言できません。)

 

・『女神の継承』を見てから考察や議論を深めてほしい。また口コミで広めることで、今まで携わった作品を日本にどんどん入れられるようになってほしい。

→日本語字幕があると視聴時にありがたいので、私もどんどん入れてほしい!と思いました。なのでパンフレットも買うし、感想も書きます!(パンフレットを買いました。)

*1:『コクソン』の見たときのように、私たちは一体何を信じているのか、物理的には確かではないものを信仰している可能性があるのではないか、そもそも信じるとは何か、人間が認知できない世界では本当は何が起こっているのだろうかといった、人間が認知できないことを『宗教』『信仰』という概念で補うことの危うさを想像した恐怖です。たぶん。

*2:姑獲鳥の夏京極夏彦

*3:

https://www.thaich.net/kaiketsu/000129.htm#:~:text=%E7%8A%AC%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%88%E3%81%B0,%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
を参考に見ましたが、検索をしただけではあまり情報が見つかりませんでした。そのため、私が間違っている内容を書いている可能性があります。

*4:

http://corleone-tattoo.com/sakyant/sak-yant-designs/
を参考にしています。

*5:名前を失念しました……最後の儀式を執り行った人です。

*6:『バトル・インフェルノ』の悪魔に憑かれた人と『女神の継承』のミンの行動が似ていたためこのように考えました。

*7:記憶があいまいです。

*8:祈りにより変化する存在であれば、人々の恨みや無念から復讐などを祈られた場合、誰かに敵意を向くこともあるのかもしれません。